卒業生親子三代そして社会に
石田一郎 第26回卒業生 財団法人東方学会顧問 日本画家 26期同期「芙緑会」は喜寿・米寿の記念文集に、
「わが師わが友わが人生」と題しました。
私たちは、渡邊海旭校長に入学から卒業まで教えを受けた最後の学年でした。当時「自分の置かれた環境のもとで規則を守り、相手を尊重し、自分の信条を守る」という気風が強かったのも、先生の信念が生徒に通じていたからでしょう。
幼い頃から絵を描き写生を好んだ私は、芝での美術の授業と文芸部の活動を通じて、先生方と学友との得難い出会いに恵まれました。二科会に所属されていた美術の先生は、力強く温かい情感に包まれた人柄と作品をもって、私をアトリエに迎えて下さいました。ある日先生は、何の前置きもなしに「君は日本画に向いている」と、私の感性と表現の方向性を端的に指摘し、「表現」の持つ重い意味を教えて下さいました。この先生の一言が、上野の東京美術学校への進学から戦争体験を経て、現代日本画創造や国際文化交流という長い道のりに私を誘って下さったのです。
芝には生徒の個性を伸ばし、自分の生きる道を自分で見つけられるように導く体制が、昔も今も変わらずあるように思います。
佐藤行雄 第53回卒業生 財団法人日本国際問題研究所 理事長 元国連大使 さまざまな先生や友人たちからの刺激を受けながら、
6年間をのびやかに過ごしてほしい。
私は鎌倉の自宅から1時間30分かけて通学していました。遠距離通学だったせいもあって、クラブ活動には参加しませんでしたが、それでも当時は毎年クラス替えがあったため、同級生のほとんどと親しくしていました。個性豊かな友人たちは、親の職業もまちまちで、お互いに良い刺激になったことを覚えています。
当時の友人たちには、外務省に入ってからも色々と教えてもらいました。交流は今でも続いており、毎回出席できるわけではありませんが、「月一会」と称する定期的な集まりがあります。芝では卒業してからの方が、親交が深まるような気がしています。
人生は長いので、これから中学に入学される皆さんには、中学の時期をあまり深刻にとらえることなく、運動に打ち込んだり、好きなことをしたりして、のびやかに過ごしてほしいと思います。ただ、勉強をする習慣をしっかりつけることは大事だと思います。私たちの時代も、高1までは遊び、その後受験に向かって頑張ったものです
村上隆男 第59回卒業生 サッポロホールディングス株式会社代表取締役社長 グループCEO 真剣に学んだことは自分の財産。
芝での6年間で自分という人間が形成されたのだと思う。
後から考えると、自分を形成したのは芝で受けた独自の教育にあったのだと思います。例えば、宗祖日の法話は今も深く心に残っています。仏教の哲学的な話の中から知徳体のバランスが人格形成に大切だということがわかりました。
芝の独自性はカリキュラムにも表れていました。私の頃は、古文では中2で基礎を学び、中3からは、1年間でひとつの物語全体を通して学びました。授業は、単なる国語でなく人間の心を学ぶ時間だったように思います。
芝の生徒は「優秀だがのんびりしている」と言われているようです。自主性を重んじ、生徒が自分の判断で生活の時間配分などを決めていたからでしょう。私は慎重な性格のため、試験の2週間前から集中して勉強しました。1回でも良い、真剣に集中して学ぶことが大切なのです。そうして学んだことは、社会に出てからも自分の中に残っているものです。
北方謙三 第61回卒業生 作家 芝には知的な健康さがあった。
先生や仲間の刺激を受けながら、自分を磨いてほしい。
僕が芝に入ったのは、教育熱心な父の勧めによるものでした。外国航路の船長だった父は、休暇になるといろいろな学校を見学しました。その中で、芝の生徒が父の呼びかけに対してパッと帽子を取って礼儀正しく応対したのが印象に残ったのだそうです。
芝には、受験勉強だけが勉強ではないという雰囲気があり、知的な健康さがありました。先生方は生徒の声をしっかりと受け止め、自分の頭で考えさせるという教育をして下さいました。特に国語の先生には、言葉の選択という小説の原点を教わったと思っています。所属していた柔道部には文芸部にも所属している先輩や同級生が多く、今はさまざまな分野の職に就いていますが、交流が続いています。
今の時代は、自分があるかないかが重要です。中学時代から自分について考えさせるという芝の教育は、大学に入り、社会に出てからも生きてくるはずです。6年間で自分をどうやって磨くかを考え、豊かな青春時代を送って下さい。
高木英典 第74回卒業生 東京大学大学院教授 大切なのは自分の好きなことを見つけること。
6年間で色々なことに挑戦してほしい。
芝には私学ならではの鷹揚さがあり、進学校にしてはのんびりした雰囲気がありました。僕は、中学校時代は勉強が出来る方ではなく、毎日考古学部の活動や趣味に没頭していました。
しかし人間には大きく変わる時期があります。僕の場合、きっかけを与えてくださったのは高1の担任の先生でした。中学の数学は方程式の暗記が多く、面白くありませんでしたが、高校の数学は論理で解ける事がわかり興味を持てるようになりました。少し勉強をしてみたら成績が大幅に上がり、担任の先生が誉めて下さいました。そこから「自分もやればできるのだ」という自信とやる気が生まれ、他の科目の勉強にも弾みがつきました。
勉強は、「やれ」と言われても出来ないものです。大切なのは自分の好きなことを探し、自分が何に興味があるかを知ること。まず好きなことを見つけ、それから勉強をしても遅くないと思います。
矢作毅 第76回卒業生 医療法人永成会 矢作整形外科内科 理事長 医学博士 人との出会い、素晴らしい経験は人を豊かにさせる。
僕は中学3年の夏休みに米国ピッツバーグの当時の兄弟校へ40人の在校生と短期留学をしました。授業内容、国民性など日本と全く違い、校内にゴルフ場、スキー場、プールが2か所あるなどあまりの規模と環境の違いに驚愕しました。「自分の環境」しか知らなかった僕はこれを機に、常識にとらわれず広い視野を持ち、挑戦することを恐れず、常に向上心を持つよう心がけるようになりました。
芝では個性豊かな先生方の熱心な指導のもとに優秀な学友達と勉学においても切磋琢磨してきました。6年間一緒に楽しい時間や厳しい勉強を乗り越えてきた仲間や恩師は僕にとってかけがえのない財産です。卒業後に親しくなった友人や先輩、後輩も大勢います。同窓生というだけでクラスの違いや上下など関係なく仲良くなれる伝統が芝校にはあるのです。
これから中学生になる皆さんは、勉強を精一杯頑張る一方で、よく遊び、たくさん友人をつくり、メリハリのある6年を過ごしてほしいと思います。
国松英明 第96回卒業生 みずほ信託銀行 法人営業部 自由な環境の中で自分を活かし、充実した学校生活を送ってほしい。
芝には自由な土壌があり、学校生活を充実させる選択肢がたくさんありました。僕は部活動には所属する代わりに、学園祭実行委員長や運動会の審判部長を務めたり、バンド活動に打ち込んだりして、有意義な6年間を過ごすことができました。学園祭実行委員長として色々な立場の人の意見を調整したことは、大学生・社会人としての素養の一つになったと思っています。
芝にはOBになってからも気軽に訪れやすい雰囲気があります。僕も学園祭に顔を出したり先生に会いに行ったりと、何度も足を運んでいます。一生の友人にも出会えました。卒業後も折に触れて芝の仲間意識の強さを感じています。
8時の始業時間を早いと心配する声もありますが、僕にとっては2時半の終業が魅力でした。自分で考えて行動すれば、芝の自由な環境の中で自分をどのようにでも活かすことができるからです。後輩のみなさんにも、ぜひ充実した学校生活を送ってほしいと思います

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